こんにちは

先日、世田谷にある向井潤吉アトリエ館へ行ってきました。画家のアトリエ1 小磯記念美術館に続き、こちらも実際に使用していたアトリエがあるとのことでどんな感じか楽しみでした

東急田園都市線の駒沢大学駅西口を出ると、すぐに案内図があります。
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住宅街の中ということで不安でしたが、その後も道なりにちょくちょく看板があり、、、
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無事にたどり着くことが出来ました。
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門を入ると右手に緑豊かな庭があります。
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かつて雑木林に囲まれた丘陵地の面影を残す意味もあって、このアトリエを記念館として公開することになったそうです。
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 アトリエに入館後、右手北側にアトリエがあります。向井潤吉は現場主義で、アトリエで本格的に制作するというよりも、戸外で直接描くことが多かったそうです。
北側に大きめの窓がありました。3畳くらいの大きさでしょうか。カーテンが閉められていました。絵も展示されていているため、照明もしっかり配置されており、どんな光の入り具合かということはあまり分かりませんでした。それが確認したかったのでちょっと残念ですが、2階まで吹き抜けの天井や広さなどを体感することが出来ました。広さは割と狭めで8畳くらいかな?

南側にテーブルや椅子が置かれたスペースが続いています。ここでしばらく、置いてある素描集を見ていました。美術館というよりも、ほんとにお宅にお邪魔している感覚です。

このアトリエをさらに進むと、土蔵があります。この土蔵もアトリエとして使われていたものであり、昭和44年に岩手県一関より移築されたそうです。ここも北の高い位置に窓が設置されており、南側はロフトのようになっていました。

他にアトリエの展示物としては、キャビネットやイーゼル、パレットなどがありました。小磯記念美術館でみたパレットを思い出すと、向井潤吉のパレットは混色に使う部分がきれいに拭き取られており、確かに画家の個性が顕著に出るんだなと感じました。


展示されている作品を見ていてその説明に画家本人の言葉が沿えられている点がとても面白かったです。これは購入した名品図録でもそうでした。何をどう思って描いたのか、描いたときの状況などが記されています。
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わたしが特に面白いと感じたのは、パリでの素描の様子を記した文章や、模写の考え方、一日どのように過ごしたかといった記述でした。素描や模写した絵を見ながらそれらの文章を読んでいると、どんな風に学んでいたのかが臨場感をもって感じられ新鮮でした。後世の他人による分析ではないところがそう感じさせるのだと思います。


モチーフとして民家を選んだいきさつも自然に理解できました。名品図録には昔ながらの風景や民家の絵にも文章が添えられているので、またじっくり読みたいと思います。



こんにちは

先日神戸にある小磯記念美術館に行ってきました。
きっかけは、画家はどんなところで描いていたのだろうという疑問からでした。 画家のアトリエが再現されている美術館が全国に数カ所有り、小磯記念美術館もそのひとつです。移築されたアトリエを囲むように美術館が建っています。

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アトリエ内は 撮影禁止ですが、美術館の廊下から外観を撮ることが出来ました。
アトリエの解説で聞いたお話を交えて紹介できたらと思います。

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 ↑これは南側です。向かって右側の扉部分がアトリエです。見学者は真ん中に見える窓の部屋からアトリエ部分を見学できます。(アトリエ内部へは入れません)南の日差しは強いため、普段この扉は閉めており、絵の搬入時に使用していたそうです。この扉や窓枠、内部の建具などに使われている灰味がかったグリーンは「小磯グリーン」といい、小磯良平が最も好んだ色だそうです。

写真のように、アトリエと美術館部分の間には様々な植物が植えられており、この南側にはあじさいや、葡萄が植えられています。葡萄は小磯良平が魅かれたモチーフであり、実ったものは職員の人が美味しくいただくそうですうらやましい。。。
廊下にある休憩用の椅子には、植物の解説が置いてあって、季節ごとに来て楽しめそうなところがとても素敵だなと思いました。


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 ↑こちらは北側。手前側の大きな窓がアトリエ部分です。実際に内部から見るととても明るくて、静かで美しい光でした。肌が一番きれいに見えるということから、午前中に描いていたようです。
私のぱっと見ですが、全体の広さは12~16畳くらいで、天井までは3m50cmくらいありそうでした。

アトリエに展示してある道具のうち、印象的だったのがパレットです。絵の具がパレット全体にこんもりと盛られたまま固まっていました。普通に使っていれば、拭き取られていて平な面にも絵の具がのっており、普通とは違う感じでした。解説のお姉さんによると、あえて絵の具を拭かないことで、やわらかい色を出していたということです。でこぼこしていて使いにくくはなかったんでしょうか?このような手法もあるんですね。こういった画家独自の手法が垣間見えるのは面白いです。

その他、好んで描かれたリュートが置いてあったり、絵の中に出てくる椅子や時計などもあって、実際の絵と、行き来しながら見るのも楽しいです。

展示されている絵を見ての感想ですが、全体的に見ていてほっこり幸せになるような絵が多いと感じました。刺々しくない、あたたか味のある感じが、モデルやモチーフに対する愛着が伝わってきました。

ラフに描かれている部分も巧みさがあらわれていて、は〜っとしていました。個人的に一番好きと思ったのは『かぼちゃのある静物』という絵で、かぼちゃのオレンジ色がすっきりさわやかに配置されているのが見ていてとても気持ちよい絵でした。

ちなみに、東京芸術大学の卒業制作で描かれた自画像と作品が昨年芸大美術館で購入した本に載っていました。↓(表紙は佐伯祐三です。)
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この卒業制作の自画像と展示されている自画像の雰囲気の違いなどが、アトリエ解説時に他のお客さんが質問していたりして、自分にとっても見比べる良いきっかけになりました。

ゴールデンウィークでしたが、六甲アイランド自体人が少なく、美術館も穴場という感じでゆっくりと見ることができました。

次は、世田谷の向井潤吉アトリエ館について書きたいと思います。


こんにちは

前の記事の続きのような感じです。

今の私が高校生の頃の私に言うとしたら、、、
「よく見るんじゃない、リラックスしてぼーっと見て。」 と言いたいと思います。
稜線なども理解していなかった当時、私にとって形と言えば輪郭のことで、先生が「よく見て」ということは、私にとって「輪郭と輪郭以外にも形と認められるような部品や映り込みを凝視すること」でした。

人の目のことを知るうちに、目には映っていても、実際一度に認識できる範囲はとても狭いのだと知りました。 さらに、テレビで人の視線の動きを追うような映像を見て、人が視線を小刻みに動かして全体を把握していくこともしりました。つまり、よく見ようとすればする程、部分しか見ていませんでした。

そういえば、大学時代、クロッキーを教授に見せた時、どれもダメだしばかりでしたが、一枚だけ不思議そうに「これは?他のと同じように描いたのか?」と言われたことがありました。それは、焦点を合わせず、紙も、モデルも視界に入るようにして描いたものでした。

自分で実験的にやった描き方でした。何となく上手くいくのはわかっていましたが、当時の私にとって、そのように描くことは情熱をそがれるような感じがしたのか、自信がなかったのか、そのまま進展しませんでした。

今回の石膏デッサンは、半年くらいかけての取り組みだったため、デッサンとデッサンの間隔が長く、前回の描いたものを引きずらないで、毎回新たな目で見ることができました。さらに、前回のデッサンを前に、石膏とデッサンをぼーっと見比べながら、描き出す前にある程度の時間を設けました。

ぼーっと見ていると全体があらわになってきて、段々「そういうことか」と得心する。そんな感じです。不思議と、モチーフを突き放してしまうような冷めた感覚もなく、どんどんブルータスが好きになっていく感覚です。


高校生の私に言ってあげたいと思ったけれど、言っても耳をかさなかったかもしれないし、理解しなかったかもしれません。年月を経て受け入れることが出来きた感覚でもあります。


こんにちは


公共の施設で、無料のデッサン会があり、参加してきました。
前回の記事で完成したデッサンの感想です。


完成
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自分の感想
とにかく、30時間もかけてデッサンできたことに満足。誰の指導を受けるでもなく、自分のやりたいように進めることが出来て満足。とても幸せな時間だった。
ずっと予備校のテキストに載ってるようなザ・受験デッサンのお手本みたいなデッサンに憧れがあった。描き進めるうちに、「ああ、これは違う方向に進んでるな。」「きっと、ああ言われる。こう言われる。ここがだめって言われるんだろうな。」というようなことが頭によぎりながらも、「仕方ない、自分がこう進めたいんだから。」と思ってやっていた。自分が一番後悔しないやり方でやろうと決めた。「ブルータスはこの次にどう動くのだろう。微妙にゆがんだ顔してるな。奥歯に少し力が入っているような感じだな。」「この布はどういうことになってるんだ。何がどう折れ曲がってこの形になってるんだ。知りたい。」そういった感じで描いていた。


最後に、施設の職員の方が感想をくれた。
「なんというか、次の段階にいっちゃってる。普通、石膏は石膏っぽく描くけれど。。」と。
私は、「あ〜、まずいな。やっぱり、普通のデッサンではないのか。」と思った。
実際は、その方は褒めてくださっていたのだ。続けて、「石膏ではなくて、ここにひとりの人間がいるような。。」という感想を聞いた時、私は「そうそう、そうやって描きたかったんだよね。伝わったんだ。」と自分の意図を言い当てられた、気づかされた気持ちになった。同時に、上手いデッサンへの憧れとは裏腹に、自分には何か、こう描きたい、試したいという確固たるものがあって、私に出来るのはそれだけなのかもしれないと思った。



話が飛ぶけれど、これは、高2の冬、予備校で描いたデッサン。2枚目くらい。
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調子を付ける前の形取りをしたところで、つじつまがあわなくてどうしようと思っているところに、先生が「形は取れているね」と言ってきた。私は「え、何でだろう。今、つじつま合わなくてどうしようってなってたのに。」と思ったが、取れていると言われたことがあまりに不可解だったためか、言葉には出せなかった。その後も、ビール瓶のケースのデッサンで、中の仕切りのつじつまがあわないときも、講評で特に指摘されることもなく。。
私としては、先生は仕切りのつじつまがあってないことに気づいているものだと思っていたから、「自分では、仕切りのつじつまがあってなくて気になってるんですけど」と、言うことも無かった。
さらに「形をよく見て!」と指導されるので、自分が気にしていることは間違ってはいないと思っていたし、そう指導する先生は、私のデッサンのつじつまがあっていないところに当然気づいているものだと思っていた。

ある日、スツールをデッサンしている時、ええい!と勢いよく鉛筆を動かしていた。私は「先生がいう、形をよく見る感じとは違うけれど」と思いながら描いてた。なのに先生は「良い!すごく良い!」と興奮気味。私は混乱。その後、口酸っぱく言われる「形をよく見て!」に従って描いていくと「あ、いつもの感じになっちゃった。最初は良かったのに」と言われた。私は、「なぜ、先生の言う通りにしないと褒められて、言う通りにすると違う〜みたいな感じになるのか」私は、人に指導を受けることがへたくそらしい。トラウマになった。指導は受けたいけれど、私は、意図とは違うようにとってしまうらしい。指導を受けつつ、平然と無視するくらいの感じがちょうどよいのだろうか。


形の正しさってなんだ。違ってても気づかないじゃないか!それとも、その程度の形の正しさでいいよってことか?なんだそれ、だったら、形よく見てなんて言わないでほしい。悔しい。

こんな経験から、自分なりに形の正しさについて考えてきた。本当に、そのまま描こうと思ったら、片目で輪っか覗いて、しるし付けて、、ってやる方法が確実そう。。。でもその指導はされない。そこまでいかない受験デッサンで求められている形の正しさって何?それとも、装置使わず装置使ったようなことを成し遂げるのが目標か?

もういいや。私は。長いことデッサンについて、デッサンの指導についての劣等感に向き合ってきた。結局は自分で考えて自分にフィットすることをやるしかないし、それしか出来ない。それなら出来る。そういうことを今回のデッサンで改めて確認したように思う。


今回のデッサンでも、先ほどの職員の方が他の人にアドヴァイスするのを耳にした。そのアドヴァイスは私にとっては逆だった。たぶん、その方に、途中で意見を求めていたら、その方の言う、普通のデッサンにするためのアドヴァイスをくださったかもしれない。違和感を感じたまま従えば、先に述べたように、「ひとりの人間がいるよう」という結果にも、感想にもならなかっただろう。私自身、自分の意図が明確に理解できていたわけではないし。だから、途中「結局お前はコミュニケーションが出来ないんだ。人のアドヴァイスをうまく受け取れないんだ。ひとりよがりな絵を描いて!」という脳内攻撃にも耐えて、やり切ったことは本当に良かったと思う。やりきってはじめて、自分のやろうとしていたことが明らかになって、人に伝わった。

もう1つ、この半年のデッサンで収穫があった。それは、人から教えを受ける。というよりも、人が描いている姿から学ぶほうがずっと収穫があるということだった。他の参加者から、道具についての質問を受けたときも、自分が当たり前と思っていたことに改めて気づかされた。

もう少し描きたいことがあるので次に続きます。






こんにちは


公共の施設で、無料のデッサン会があり、参加してきました。
前回の続きです いよいよ大詰めです。


まず、23時間後
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25.5時間後
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髪の毛がどうしたらよいものか。。。頭部全体の流れと細かい部分との行き来がうまく出来ない。



28時間後
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服のひだを描き込む。


30.5時間後
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ずっと放置してしまった、向かって右肩に手を入れる。肩が切れていることから描きにくい。肩に渦巻いたようにひねられた布、難しい。頭部の仕上げをする時間が押されたが、このかたはないがしろに出来ないので優先した。

ここで完成ですが、次の記事に自分とその場にいたかたの感想をまとめたいと思います。






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